吟醸香漂う福井の日本酒【黒龍と梵の販売店】八重巻酒店

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若おやじの惚れた蔵

黒龍酒造株式会社 〜「味わう」という一瞬に、知恵を絞る。

若おやじの「惚れどころ」

「伝統に甘んじることなく、常に挑戦を続ける酒蔵です。」

全国的にも有名な蔵元である黒龍酒造。みなさんが評価するのにはやはり訳があります。伝統に裏付けられたお酒の品質を備えながらも、常に新たなことに挑戦し続ける姿勢に感銘を覚えます。昭和50年全国に先駆けて発売された大吟醸酒。お燗する大吟醸酒。ポットのお湯で湯煎する酒燗器。洗練されたスタイルのオリジナル720mL瓶。これからも様々なかたちで日本酒業界をリードしていく事でしょう。

酒蔵の物語

豊かな自然と伝統に育まれました。

今から約750年前、道元禅師によって開創された曹洞宗の大本山「永平寺」から程近い永平寺町松岡の地に、黒龍酒造はあります。松岡は現在人口1万人程度の小さな町ですが、かつては酒造りが松岡藩の奨励産業にも指定され、16を数える蔵元が軒をつらねた銘醸地でした。 その頃より受け継がれる良水の源は、昔から「日本3名山」の一つとして仰がれている「霊峰白山」。標高2,702メートルの御前峰を主峰に山系全 体を含む白山国立公園は、周辺地域に多大なる恩恵を与えてきました。黒龍の蔵の近くを流れる九頭竜川も、その恵を伝える福井県最大の河川であり、この川の 伏流水を汲み上げて黒龍のお酒は醸されています。「黒龍」の銘は、この九頭竜川の古名「黒龍(クツレウ)川」に由来しており、今でも流域には、この暴れ川 の神を沈める目的で建てられた黒龍(クロタツ)神社がいくつも存在します。
蔵のすぐ近くにある天竜寺は、かつて松尾芭蕉が「奥の細道」の旅の道中に訪れた場所でもあり、「物かきて扇引きさくか余波(なごり)哉(かな)」という句碑が残されています。西暦400年代まで歴史をさかのぼれば、手繰ヶ城山古墳等をはじめとする古墳群が松岡周辺の山々に築造され、かつては河原石が敷き詰めて葺かれた古墳が悠然と白銀に輝き、外来者にその力を誇示していた時代もあります。
「こだわりの米や水、そして酒造りに込められた蔵元、蔵人の思いを伝え続ける。」人から人へ伝え継がれるこの”思い”は黒龍酒造が大切にしていることの一つです。そこには安全安心への揺るぎない信念も含まれています。

時代に流されない美味しさを造ります。

初代石田屋二左衛門が、江戸の文化元年(1804年)に創業して以来、一貫して手造りでの酒造りを普及してきました。昭和50年には業界に先駆けて 大吟醸酒の市販化に取り組み、長年の間、吟醸酒の普及に努めてきて、現在では黒龍酒造で醸される約8割のお酒が吟醸酒となっています。また、早くから社員蔵人の育成にも力を注ぎ、現在、畑山浩杜氏を含め7名の社員蔵人、4名の能登杜氏を中心とした約15名での酒造りは、吟醸造りの細部まで手が行き届く体制となっています。
日本の伝統文化である日本酒、その中でもより良い物を追求し、本物を後世に残していきたいという志を持った若者の力で、時代に流されない、いつの時代でも認められる日本酒を造っていくという想いを常に持ち続けています。
松岡の地で黒龍酒造が酒造りをはじめて200余年が経ちます。お客様に「感動」していただける「ものづくり」への情熱、探求心は、今後もやむことなく黒龍酒造の中に培われていきます。そして、お客様と「感動」を共に分かち合えるような酒造りを目指し続けるのです。

人々の日常に寄り添いたい、蔵元の想い。

「ふくよかな香り」「澄んだ味わい」「深いうまさ」など、清酒の味わいを表現する言葉は様々であり、これらは高度な技術力・開発力によって生み出されます。清酒の持つその繊細な味わいと香りは、口にするその情景によっても変わってくるといえます。もしかしたら清酒は、人々の心情を映し出す鏡なのかもしれません。また清酒の存在そのものが、場の情景を醸しだす。そんな事もあるでしょう。味わい、しつらえ共に「喜怒哀楽、人々の日々にそっと寄り添う」そんな清酒を創り続けたい。それが黒龍酒造蔵元の想いです。

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朝日酒造株式会社 〜 常に酒造りの王道を歩む。

若おやじの「惚れどころ」

「素晴らしい人気を支えているのは、正道への眼差し。」

新潟、そして日本を代表する朝日酒造。この蔵の正道へのこだわりは、まぎれもなく本物です。日本酒に対する姿勢、酒屋に対する姿勢、消費者に対する姿勢、すべてにおいて真剣そのもの。人気があるから素晴らしいのではなく、素晴らしいからこそこの蔵の酒は多くの方に指示を受けるのです。「正道を歩む」今後も、この蔵の姿勢は少しもブレることはないでしょう。それが朝日酒造なのです。

酒蔵の物語

酒造りは、米作り。研鑽あるのみ。

酒造りは、米作り。「地酒」の定義とは、いったい何なのでしょうか?「地元の米で、自然と一体になり、その周辺の人たちが旨いという酒を造る。米から酒まで造り手の顔が見え、飲み手の顔まで見えるほど風土に根ざした酒が本来」と、朝日酒造株式会社は考えています。
幸いにも新潟県は日本で指折りの米どころで美味しい米の代名詞コシヒカリと、五百万石を代表品種とする酒米に恵まれています。その中で、あえて「酒造りは米作りから」と平成2年からスタートしたのが「農業生産法人-有限会社あさひ農研」です。
酒造りは、米の品質が物を言います。米粒の中心部の心白(しんぱく)が流れないような米作りをし、酒の雑味となる蛋白質や脂質は極力少ない米を作りたいと考えています。昔ながらの「はさ木」をシンボルに植え、自ら理想の酒米を求める実験田がこの「あさひ農研」なのです。新潟の米を育てあげた稲作技術と、酒造りの技とが、青天井の下で出合った研究室。そこでは、杜氏や蔵人たちの田で、五百万石やたかね錦など酒米の減肥栽培が試みられています。また、千秋楽などの酒造りに適した米の栽培にも取組まれています。米にこだわり続ける朝日酒造の取組みが大きな実を結び、理想の酒を生み出す場所です。
「お酒の品質は原料「米、水」の品質を超えられない」これは、杜氏の木曽さんの言葉。農家と契約栽培をして、越路の大地で安全な米、高い品質の米を作ってもらう。この米を最大限に生かした酒を造りがされるのです。
ひとにうしろ指を指されるような経営はしない。そのためにも品質にこだわり、安売りされない商品をつくり続け、酒屋にもおおいに経営や品質管理の勉強をしてもらう必要があるのです。酒屋と「運命共同体」であると考えるこの朝日酒造は、お互いを日々研鑽し合いながら、共に歩んでいるのです。

信念は、何があろうと絶対にまげない。

「今回、東北地方の大震災では、20日間の販売機会の損失、原料米9000俵の廃棄のほか、仕込み途中の醪約3000石、鉄分の流出による原酒1000石、合わせて4000石(1升びん換算で40万本)の酒の廃棄を余儀なくされた。他にも、大正時代からの事務所も取り壊さなければならなくなった。今後も工場周りの陥没の修復など、完全な復旧までにはまだまだ大きな時間と資金が必要となる。しかし、20年前に久保田を立ち上げた気持ちに立ち返り、全社をあげて復旧に努めている」
これは2004年にあった新潟中越地震での「久保田」醸造元である朝日酒造の被害状況を語った、社長 平沢修氏の言葉です。突然何かといいますと、先日この朝日酒造の人と話をしているときに、事故米の話になりました。営業のTさんが「事故米っていうと、うちも地震の時にそういう状況になりそうだったんだよなぁ。」というので、詳しく聞いてみると、上記の社長の言葉の中にあるように破棄された9000俵の原料米というのは、地震の時に水がついてしまったらしいのです。あまりにもたくさんの量だったので、使えるところだけでも、という声もあったらしいのですが、社長のひとこえですべて廃棄となったそうです。理由は、放っておけばいずれ必ずカビが生える、そんな米でお客さん達に酒を造るわけにはいかない、だからだそうです。この話をしてくれたTさんも、「うちらしいんだよね。」と、そういう決断を下した自分の会社を、社長を、誇らしく思っているように見えました。朝日酒造の本物へのこだわりをかいま見たひとときでした。

人・水・米が基本の酒造り。

「人」。「品質第一主義」を貫き、最新設備の導入を続けてきた朝日酒造の酒蔵。近代的にみえるその蔵も昔ながらの「一麹、二もと、三造り」を大切にしたオーソドックスな酒造りを極めるためのものです。酒造りの技と言われるものは、杜氏たちが「経験」「勘」といった言葉で積み重ねてきたもの。昔から技は習うのではなく盗むものと言われてきたその技術の伝承のため、「朝日大学清酒学校」を開校。ベテラン社員を講師役に全社員を対象にした酒造りの知識と実践教育を行っています。
「水」。水は、「酒造りの命」。朝日酒造の仕込み水は川を流れる水ではなく、長い年月をかけて地中深くある礫層を通り濾過され清められています。地元朝日神社の境内から創業以来170年余、一度も涸れることなく湧き出でる軟水「宝水」。この宝水の湧く地層は、地質学上で来迎寺礫層と名付けられ、はるか300万年から30万年の昔に形を成したとされます。当時、越路地域の一帯は、まったくの海の底で、それが隆起して氷河期に段丘となったといわれます。生活で汚されたことのない礫層から湧き出る宝水が、信濃川の土砂が堆積した層からしみ出る水と比べ、ひと味違うのは当然です。酒造りの良否を左右する水に何よりの宝を得て、こだわりの酒が産み出されています。
「米」。「酒造りは米作りから」と言われるほど、米は日本酒の香りや旨みを大きく左右します。平成2年に設立された農業生産法人(有)あさひ農研では、農薬や化学肥料に頼らず、地力で稲を育てる栽培方法、また地域の環境つくりなどを、地元の契約栽培農家と共にすすめ、毎年夏には「青田指導会」を実施し、よりよい酒米作りへの努力を続けています。
また朝日酒造製造部生産管理課では、平成3年より地元の農家、あさひ農研と連携し、酒米の減肥栽培を推進。酒にとって最良の品質を持った米作りが着実に進められています。

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加藤吉平商店について 〜 心に響く感動の日本酒。

若おやじの「惚れどころ」

「世界に羽ばたく酒は、お客を喜ばせたい社長の想いの賜。」

世界に羽ばたいている蔵元、加藤吉平商店。圧倒的な社長の個性が、お酒に満ち溢れています。この蔵で生まれる完全純米蔵のお酒には、華やかな香り、深い味わいとコクが凝縮されているんです。とにかく、ひとくち口に含んだだけで、口一杯鼻一杯に幸せが広がります。お客様を喜ばせるのが大好きな社長の気持ちがいっぱい詰まってるんですよ。

酒蔵の物語

歴史ある町で生まれた歴史あるお酒。

酒蔵のある福井県鯖江市吉江町は江戸時代の劇作家・近松門左衛門が多感な15歳まで住んでいた街で、街には“吉江七曲がり”と言われる古道があり、武家屋敷が残り、近くの春慶寺山のふもとには湧き水(お清水)があります。350年以上の歴史を誇る吉江神社には越前松平様および松平家の水神様が祀られています。平成17年の350年祭には越前松平家の御子孫・松平宗紀様をむかえて盛大に御祝い致しました。作家の水上勉先生揮毫による「近松門左衛門先生由緒の地」の石碑があり、近松門左衛門坐像が公民館のそばに建つ、まさに歴史と自然にあふれる街です。
銘柄「梵」(ぼん:BORN)は、サンスクリット語で ”けがれなき清浄””真理をつく”と訳され、そしてボーンで未来への“誕生”と“創造”を 表しています。

高精白、長期熟成にこだわる完全純米蔵。

酒造りの特徴は、完全無添加の純米酒のみを用いた、伝統的な手造りであることです。地下、約184メートルの深さの井戸から汲み上げた 白山連邦の伏流水で、山田錦と五百万石米だけを使い、すべて蔵内の自社酵母で酒造りを行っています。精米歩合は全て60%以下、最高ランクの「梵・超吟」は精米歩合が21%、蔵内の平均精米歩合は40%(日本一白く磨いている)です。平成16/17BYでは、精米歩合15%の超純米大吟醸酒も造られました。そして、そのうえ、全ての酒が、氷温で長期熟成されて出荷されることが特徴です。
最高で5年以上・短くても1年はマイナスの温度で熟成貯蔵されてから 出荷されています。商品の酒質によって熟成温度と期間は違いますが、出荷に際しても急激な温度変化をさけるため、商品ごとに、それぞれの予冷庫で梱包され、夕方発送・翌朝 着を完全実施するなど、細心の気遣いで「本物の旨さ」にこだわっています。

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